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ふじた診療所に通うのをやめた理由

   

ここまで2年弱、20回程度の治療を受けてきたが、私はこの度、通院をやめた。
その理由は荒牧さん(元受付現僧侶)にもう来るなと言われたからだ。

※以下、無駄に長いし特に有益な情報は含まれていないので、暇な人以外は読む必要なし

初診から半年後にはもう、私はここで上頚神経節ブロックを続けても、肩の痛みは消えないと思っていた。
一年目を過ぎてからは、藤田先生も諦めている様子が見て取れた。
医者も治せると思っていないし、患者も治ると思っていない。
この日まで惰性で通院を続けてきたが、良い機会だった。
まあ、私がやめ時を欲した結果、訪れた機会とも言えるが。

皆さんもご存知の通り、藤田先生は2017年の秋頃から宗教に嵌っている(これは私から見た感じなので、正確な時期は多少ずれるかもしれないが)。
難病は全て霊的なものが原因なので、荒牧さんのご加持(心霊治療)や荒牧さんの師匠の力でないと治せないと。
そして、自分の医学を蔑ろにするようになってしまった。
私が最後に見てもらった日も、藤田先生は私の目の前で吐き捨てるように
「こんな注射やったって、どうせ治りはしないんだから」
そう言っていた。

私がこれまで、麻酔が効かない肩の痛みという症状に、上頚神経節ブロックを続けてきた理由は、姿勢の悪さによって長年脳幹がダメージを受けてきたせいで、脳への神経伝達がおかしくなっているという、藤田先生の理論を信じていたからである(脳幹が痛みの原因かもしれないという可能性を、私は今も信じている)。

しかし、藤田先生は心霊治療を始めてから、上頚神経節ブロックへの熱意を失ってしまった。
最初の頃は、ひと月ごとに通院する度に、「今の自分は先月よりも上頚ブロックが上手くなっている。来月にはもっと上手くなる」と、注射の精度を上げるための技術力向上に情熱を燃やしていた。
「何回かに1回、とても良い場所に麻酔が入ることがあるが、今日の自分では狙ってそれができない。しかし、後1万回ほど上頚ブロックを打っていけば、できるようになる」
そう言って(正確な数字は違ったかもしれない)より高みを目指していく職人的な気質に、私は強い魅力を感じた。
絶対に俺の注射で患者を治してやるんだという姿勢を、格好いいと思っていた。

それがどうだ?
今や、上頚なんか無駄無駄。そんなものよりご加持だよ。

上頚神経節は動脈の裏側にあって、強く麻酔を効かせる為により深い位置へと針を進めるには、当然その分だけリスクが増える。
藤田先生を疑っているわけではないが、今の気持ちで深いところに針を刺せるのだろうか。
治せないと思って打っている注射では、無意識の内に踏み込みが浅くなるに違いない。
勿論、星状神経節ブロックと数百円しか違わない金額で、藤田先生がそのリスクを取るのを当然だとは思わない。
それでも、「本当はこの金額じゃ全然割に合わないんですよ」と冗談ぽく愚痴りながらも、深いところを狙っていた、あの頃の藤田先生は素敵だった。

以前からブロック注射はリスクがあるからなるべくやりたくないと言っていたが、現在はより一層そう思っているのだろう。
藤田先生は上頚神経節ブロックをやりたくないし、やって治るとも思っていない。
私も治ると思っていない。
だったら私はこれ以上ここには来ないほうが良いのではと、以前からずっと思っていた。
それでも通院をやめたら全体的な具合(不眠、前立腺炎など)が悪化する場合もあるので、とりあえずは現状維持を選択していた。
ただ、とりあえずで続けるには、時間・金銭的コストは決して低いものではない。
きっかけあれば通院をやめることができる。
だから私は、いつもどこかで、藤田先生側から、もう来なくていいですよと言われることを望んでいた。

そしてその日が訪れたのだ。

この日も注射終了後、藤田先生からいつものように心霊治療のお誘いがあり、私もいつものようにのらりくらりとそれを躱す。
「(荒牧さんの)師匠の霊視を受けてみませんか。それで原因が分かって、先祖供養をして病気が治った患者が何人もいますよ」
「でも、荒牧さんのご加持が効かなかったし、信じる気持ちがない人には効果がないんですよね?」
信じる気持ち云々については別ページを参照に(需要があれば、今後書く)。
「これはまた別の話です。ご加持は受信機を治すのに対して、こっちは悪い波動の送信機をどうにかするということなので」
「そうですねぇ…」
反論はあるが、乗り気じゃない感を出すに留める。
「普段師匠は霊視なんてしてくれませんよ。ここの患者だけには特別にしてくれるんです。金額だって何百万も払えって言ってるわけじゃない。5万円でやってくれるんです。全患者が治るわけじゃないが、半分くらいはそれで治ります。50%の確率で5万で治るんだったら、安いと思いませんか?」
「確かに、そう考えたら高くはないですね」
「でしょう?」
単に5万払ってコイン弾いて表が出たら治るんだったら、私は5万払う。
しかし、喩えば1万個の箱があって当たりは1つ。私が最初に1つ箱を選ぶと、それ以外の箱9998個が取り除かれ、残った2つの内どちらか1つが当たりと言われる。5万円払って、最初に選んだ箱を開けてください。これで当たりが出たら治ります。箱は2つなので、50%の確率です。この状態で5万払う馬鹿がどこに居るだろうか。
ただ50%を否定したくても、とっさに確率論の話ができるほど私は賢くはないので、話を変える。
「でも私、宗教というものがどうしても嫌いなんですよねぇ」
「これは宗教じゃないんですよ。師匠は真言密教の寺を建てましたが、神の力を借りるにあたって都合がいいからそうしているだけで、宗教は関係ありません。キリスト教徒の霊能力者も、イスラム教徒の霊能力者もいます。霊能力者は神を信じろなんて言いません。自分を信じろと言うんです。能力を持っているのは自分なんですから。その能力者が死んで、2代目に代わった時、その人は能力がないから、そこで初めて神を信じろ言う話になるわけです。そもそも入信しろなんて言ってるわけじゃないんです。霊視して治ったらそれで終わりで、定期的にお布施を払う必要もないんですから。お寺で子供が習字を習うでしょう。その子供たちは信者ですか?違いますよね。ただ習い事をしているだけです。それと同じです」
私とは宗教の定義が違うようだが、藤田先生の言っていることも筋が通っている。
これも反論し難いので、別角度から。
「でもやっぱり、知らない人のことは信じられないんですよね。私は大久保さん(師匠)と会ったことが一度もありませんし」
「師匠は本物ですよ。実際に霊媒しているところを見れば分かります。物凄く苦しむんですよ。あれが演技でできたらアカデミー賞級ですよ」
「アカデミー賞級の演技ができる人が教祖になれるんじゃないんですか?」
麻原彰晃や大川隆法は、そういうことじゃないだろうか。
これには流石の藤田先生も多少は口ごもり
「私は演技には思えませんけどねぇ」
と。
「まあ、でも、大久保さんは気に入らない人は見てくれないんですよね?私は大久保さんのことが好きじゃないんで、向こうをそれを感じ取って、きっと見てくれないような気がします」
「確かに、門前払いされる患者もいますからねえ」
「だったら私は行かないほうが良さそうですね」

こんな感じで程々に反論しつつ、論理的に否定できない部分には肯きながら、自分的には丁度いいバランスで話を終えた。
受付に戻ると荒牧さんの姿が。
表情から察するに、私と藤田先生との若干エキサイトした会話を聞いていたのだろう。
私は笑顔で
「今日も藤田先生から熱いお話を聞かせていただきました」
と社交辞令。
最近調子はどうですかと、荒牧さんが近づいてきて手を握られるという、圧倒的宗教感。
私はこういうのに拒絶反応を示すタイプだが、厚意を感じてしまう阿呆も大勢いるのだろう。
ご加持で良くなった人のデータがあるのでどうぞと紙の束を渡そうとしてきたが、癒庵のサイト上に載せられているものと同じだったので
「ネットで見たんで大丈夫です」
と、お断りすると
「見たんですか?興味があるんですか?」
勧誘できると思ったのだろうか、グイグイ来られたので
「興味はないですよ」
はっきりと断言。
矛盾点を見つけてやろうという視点で読んでいるという意味では、興味があると言えなくもないが。
「じゃあ何で見たんですか?興味があるからじゃないですか?」
「興味があることしか知ろうとしない人生は良くないと思ってるんで」
ぱっと出した割にはちょっと名言ぽいフレーズも
「いえ、違いますよ。本当は興味があるんですよ」
荒牧さんには全く届いていないようだ。
少しお話しましょうかと、椅子に座ることを促されるが、時間がないんでとやんわり断るも、向こうは聞く耳持たず。
一度、大久保先生に見てもらうべきと誘ってくるので
「私は藤田先生のブログを見て、この医者だったら信用できると思ってここに来たんです。大久保さんのことは全く知らないので信用できません」
至極真っ当な論理でお断りの意思を伝えるも
「信用した人が信用している人だったら、信じてみても良いんじゃないですか?」
この日、麻酔が喉の方に行ってしまって、それが落ち着くのを待つのに余分な時間がかかり、他の患者との兼ね合いで更に時間がかかり、この時点で45分くらいロスしている。
帰りに立川の京都物産展で夕飯を買うという用事があり、遅くなるとお腹を空かせた妹の機嫌が悪くなる。
だから私は早く帰りたい。なのにここで足止めを食らっている。
イライラが募り、自然と言葉も刺々しくなっていく。
「でも、藤田先生が洗脳されている可能性だってありますよね?」
だったら、あなたの話は通りませんよと。
言い換えれば、大久保さんはインチキじゃないの?
教祖様を馬鹿にされたら、当然荒牧さんは怒り
「師匠への侮辱は許しません!訂正しなさい!」
夫婦間の愛がどうだとか、あなたみたいな若造に愛が何なのか分かるはずがないとか、意味不明なことを聞かされたが、纏めるとこの一言に尽きるのだろう。
「患者側からすれば可能性は0じゃないという話です。私はこういう性格なので、この考えは変わりません」
0じゃないどころか、90%以上私は疑っている。
「それは性格が理由じゃないです。悪い気があなたにそのような考えをさせているんです」
「いいえ、違います」
訂正しない私に
「だいたいあなたは病気を治す気があるんですか!?冷やかしで通ってるならもう来ないでください!」
生活がかかっている患者も少なくないので、こう言えばビビると思ったのだろうが、逆だ。
通院を止めるきっかけを探していた私にしたら、よくぞ言ってくれましたと。
「分かりました。じゃあもう来ません。最後に藤田先生にお礼を言ってきますね」
診察室のドアの前まで戻り、
「今って他の患者いませんよね?」
いなかったと思うが、もしいて難しい注射中だったら、集中を乱しては悪いので、ノックの前に荒牧さんに確認するが
「待ちなさい。話をしましょう」
私の質問には答えない。
「じゃあもういいです」
そのまま帰ろうとするが、荒牧さんが入り口の前に立ちふさがって通れなくしてきた。
こちらが何を話しても、都合の悪いことは全部霊のせいにされるのであれば、議論は不可能。
私はもう何も話す気はないので、そのまま隙間に体をねじ込んで出ようとしたら、腕を掴まれる。
年寄りや子供が同じことをされたら、恐怖を感じるのではなかろうか。
こういうことはやっちゃ駄目だろ。
まあ、力で負けるはずもなく、普通に振りほどいてお帰りさせていただいた。

荒牧さんがやりたかったことを予想してみよう。
例えば、ALS症(体に力が入らず、このまま酷くなれば日常生活も送れなくなる)の患者がいたとする。ブロック注射でALS症の進行は止まった。そこにご加持を足す。そのまま悪化せずに安定。毎回ご加持で高額のお布施を取られる。何度続けても、悪くはならないが良くもならない。患者がご加持への疑問を口にする。激しく叱責。なかよし医院への出禁ちらつかせる。患者は他に頼れる病院がない。ブロックをやめたらALS症の進行が再開するかも。恐怖に駆られる。そこで、ちゃんと反省すれば今ならまだ許してあげますよと、優しい言葉をかける。ごめんなさい、もう二度と逆らいません。従順な信者誕生。
こういうことではないだろうか。
激しい怒りを見せてからのお許しというのは、洗脳の典型的なパターンであり、日本中の宗教施設で日々同じような光景が繰り広げられていると予想できる。
しかし、私に対しては逆効果だ。寧ろ、もう来るなと言われ待ちをしていたのだから。
そこが見抜けないあたり、始めてまだ1年という荒牧さんの経験の浅さだろう。
いずれにせよ、私を入信させるのは、イスラム原理主義者をキリスト教に改宗させるくらい難しいので、強く勧誘するのは間違いだった。
私は今でも藤田先生のことは尊敬しているし好きなので、もう会えないというのは少々残念だが、仕方ないね。

以上が私が通院をやめた理由である。
要するに、ペインクリニック・整形外科として問題があるからやめた訳ではないので、注射で治る症状の患者には、私はこれからもなるべくおすすめしていきたいとは思っている。
今後も藤田先生が卓越した注射で多くの患者を救っていくことを期待したい。

(そして、この文章のアップロードは、通院をやめてから4か月後くらいだが、現時点では特に体調の変化はない。
やめてすぐの頃は、具合が悪い日があると、上頚を打たなくなったからかもと思ったりもしたが、関係は無かったようだ。)

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